親のせい。職場のせい。あの人のせい。
そう思うことで、なんとか自分を保ってきた日が、
あなたにもあったかもしれません。
まずは、ここまで踏ん張ってきた自分を責めないで
きっと、誰かを責めたかったわけではないはずです。
ただ、そうでもしないと立っていられなかった。
それだけのことです。
だからまず、今日まで踏ん張ってきた自分を、
どうか責めないであげてください。
それに、誰かのせいにするのをやめるというのは、
「相手が正しかった」と認めることではありません。
「悪かったのは自分だ」と思い込むことでもありません。
あなたが傷ついたという事実は、
そのままにしておいて大丈夫です。
大事なのは、あなたの心のハンドルを、
誰が握っているかという話です。
原因や責任を相手のせいにしている間、ハンドルは相手の手中にあります
心理学には「統制の所在」という考え方があります。
むずかしそうな言葉ですが、意味はシンプルです。
自分の毎日を動かしているのは「自分」だと感じているか、
それとも「外側の誰か」だと感じているか。
日々感じているこの感覚の違いです。
痛みの理由を自分の外側に置いているあいだ、
あなたの心は「自分ではどうにもできない」
という前提のまま動き続けます。
つまり、誰かのせいにしている限り、心の主導権は、
その相手に預けっぱなしになってしまうのです。
苦しさがなかなか消えないのは、
あなたが弱いからではありません。
ただ、ハンドルが自分の手元になかっただけなのです。
手綱を取り戻すと、怒りの奥にあった本当の願いが見えてくる
そっと手綱を自分の手に取り戻したとき、
あなたに起きるのは「強くなる」ことではありません。
もっと静かな変化です。
怒りの奥に隠れていた、本当の願いが見えてくるのです。
怒りは、願いの裏返しだと言われます。
・大切にされたかったから腹が立つ
・わかってほしかったから悲しい
矢印の先にいる相手ばかりを見ているあいだは、
その願いに気づけません。
本当は、どうされたかったのか。
本当は、どんなふうに生きたかったのか。
責める相手が心の真ん中からいなくなると、
その空いた場所に、あなた自身の本当の人生が、
ようやく姿を現します。
たまには、矢印をそっと自分の内側へ
今日は寝る前に、誰かに向けていた矢印を、
少しだけ自分の内側に向けてみてください。
「私は本当は、どうしたかったんだろう」
答えがすぐに出なくてもかまいません。
問いかけたその瞬間に、ハンドルはもう、
あなたの手のなかに戻り始めています。
もし、ひとりで向き合うのがつらすぎると感じたときは、
信頼できる人や専門家に頼ることも、
立派に手綱を握る行動のひとつです。
心地よい風が吹きぬけるように、
あなた本来の人生が、静かに巡り始めますように。