「努力しないと、幸せになれない」
「苦労しない人間は、人として価値がない」
こういう言葉を、あなたも一度は言われたことがあるかもしれません。
あるいは、自分自身に何度もそう言い聞かせてきたかもしれません。
でも今日は、その考え方が、
じつは呪いのように受け継がれてきた洗脳だったかもしれない、
というお話をさせてください。
努力しないと価値がない、は大きなウソ
まず、少し大事な問いかけから。
花は、努力して咲いていますか?
太陽は、努力して昇っていますか?
自然界を見渡してみてください。
努力なんてしなくても、美しく存在しているものばかりですよね。
じつは、あなたも同じなんです。
努力しなくても、あなたにはすでに十分な価値があります。
「頑張らないと認められない」
「苦労しなきゃ一人前じゃない」
――こういう思い込みは、生まれつき持っているものではなくて、
人為的に作られた社会的な洗脳の一種なんです。
もちろん、何かを成し遂げたいときには、変化は必要です。
でも、「存在しているだけで価値がある」という事実だけは、
どうか忘れないでください。
あなたは、咲いているだけで美しい花と、まったく同じなんです。
人は、自分が受けた痛みを次の人に渡してしまう
ここからが、もう少し深い話です。
哲学者ニーチェは、面白いことを言いました。
「奴隷が一番望むものは、自由ではない。自分が奴隷を持つことだ」と。
ちょっとドキッとしますよね。
でも、これは私たちの身の回りでも、本当によく起きていることなんです。
たとえば―― 厳しく育てられた人は、権力を持つと、同じように他人に厳しくする。
姑に苦労させられた人は、息子の嫁に同じ苦労をさせる。
部下だった時代に理不尽に耐えた人は、自分が上司になると、部下の人に同じ理不尽を課す。
これは、普遍的なパターンなんです。
人は、自分が受けた痛みから逃げるのではなく、
その痛みを別の誰かに渡すことで、自分の過去を無意識に正当化しようとします。
「自分は苦しんだ。この苦しみには意味があったはず。だから、同じ苦しみを他人にも与える」
――これが、知らず知らずのうちに受け継がれていく、歪んだ論理です。
歪みはやがて、呪いとなる
ここで、2つの話がつながります。
「努力しないと価値がない」という洗脳と、
「自分が受けた痛みを下の人に渡す」という連鎖。
じつはこれ、根っこはまったく同じものなんです。
「自分は苦労してここまで来た。だから、楽して生きている人は許せない」
「自分は厳しくされてきた。だから、あの人にも厳しくするのが当然だ」
こんなふうに思う人は、自分でも気づかないうちに、
苦労したことそのものに価値を感じてしまっています。
そして、表面上は苦労はよくないものだと知っていながら、
心の奥底では苦労に価値を見出し、
次の誰かに渡すことで、心の平穏を保っているんです。
でも、よく考えてみてください。
最初の「苦労しないと価値がない」という思い込み自体が、ただの洗脳でしたよね。
つまり、その洗脳を信じて苦しんだあげく、
下の人にまで同じ苦しみを渡してしまう
――これほどつらく、呪われた人生はありません。
その連鎖は、あなたの代で終わらせていい
この連鎖を断ち切れる人は、じつは多くありません。
でも、断ち切るためのたった一つの方法があります。
それは、自分が受けた痛みを、
「私が、ここで止める」と静かに決めることです。
自分の子どもに、同じ厳しさを強いらない。
自分の部下や後輩に、同じ理不尽を課さない。
そして何より、自分自身にすら、同じ苦しみを押しつけない。
あなたは、咲いているだけで美しいお花のように、
苦労しなくても、努力しなくても、そのままで十分な価値があります。
その事実を、まずはあなた自身が受け入れてあげてください。
それが、何世代も続いてきた呪いを、あなたの代で終わらせる最初のステップです。